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2006.03.13 思い出話。
燃え尽き症候群、かなり重症(?)っぽいです。

( -∀-)ノども、Shimaxです。

大学の研究で突っ走ってきたこの3年間

こうして平日に自宅でのんびりしていると、なんだか抜け殻のようになる瞬間がある。

矢吹ジョーみたいに萌えたよ(ナチュラルに変換しやがった・・・〇rz)燃えたよ...真っ白に燃え尽きた..真っ白によ...。」

ってボソッと言いたくなるね。・・……(-。-) ボソッ

読んでる人の中には、たかが大学の研究で大袈裟なって思う人もいるでしょうが

オイラにとっては物凄いことだったんです。

中学の成績はまさに中の中。

成績表なんて見る間でもなくいつも予想通りのオール3。

2年か3年のときに、一度だけ理科で4をとっただけ。

そんなんだったから高卒ですぐに働きに出ようと思って、機械科の高校へ進学した。手に職をと思ってね。

高校は決してレベルの高いとは口が裂けても言えないような高校。

でも歴史があるため就職には強い。それが決め手だった。

高校では成績は上位だった。

つーか、始めはド真ん中だったんだけど、周りが落ちてきた感じだったかも。

だから特に頑張った覚えはない。部活に夢中だったもん☆

でも2年の冬に担任に「大学行けるだけの成績はあるけど、どうする?」

って聞かれて、「進学できるのならした方がいい。」と親に言われたのもあって特に深い考えもないまま進学。

このときは大学に入るなら、教職とっていつか高校の教師になりたい(もちろん工業の)という、ちょっとした夢もあったけどね。

高校では専門コースといって、卒業後すぐに働けるように旋盤とか溶接とかの実習が多いコースに入っていた。

だからもちろん数学なんて数Ⅰと数Ⅱの途中までしかやってない。

微分積分もままならない状態で工学部の大学に入ったもんだから、

1年のときからかなりヤバかったな。

「留年したら自主退学。ダブってまで卒業させる金はない。」

進学前から両親に言われていたから、そりゃあもう必死だったよ。

途中でリタイヤってのは性格的に嫌いな人だから、ペンだこから血が出るくらい勉強した。
(実際にペンだこがつぶれたせいなのかは不明だが、勉強中に右手中指から血が出たのは事実。)

ここでオイラは生まれて始めて勉強を頑張ったと思う。

この頃に当時付き合ってた彼女(生まれて始めての彼女)にフラれて、勉強することで忘れようとしたってのもあるけどね。

そうこうやってるうちに成績は上がり、いつの間にか下から数えるより上から数えた方が早くなる順位になってた。

そして学部3年のときに、ゼミの教授から大学院進学の誘いがあったわけです。

考えてみれば、3年前まで簡単な微分積分も出来なかったヤツが大学院の進学ですよ!?

これは事件でしょ?

大学院の進学までは両親も考えてなかったみたいだけど、もしものためにと借りてそのまま貯蓄していた奨学金がここで役に立った。

これからは大学院進学で使った奨学金を返していかなきゃね。

そこからは本当に研究ばっかりの毎日。

研究テーマも3年間変わることもなかった。

いつしか将来の夢も高校の先生から、生活に密着した製品を作りたいっていう技術者思考に。

会社は第一志望のとこから内定をもらい、修士論文も何とか終わり、こうして振り返ってみると、いろんな人に感謝しなきゃいけないね。

こうして今までを振り返っていたら、燃え尽き症候群も治って新たなるモチベーションになってきていたりして☆

明日はなっちゃんとの出会いについて話そうかしら☆

ちょうどホワイトデーだし。(意味不明(;^_^A アセアセ・・・)



11。
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